PERSON~三重の人物紹介

しなやかファーム / 阿部俊樹

阿部俊樹 しなやかファーム

脱サラして農業をはじめる人は少なくない。しかし、農業を始める前からSNSでその過程を発信し続け、野菜も作ってないのに「阿部さんの作ったきゅうりを食べたい」という人がたくさんいたという、超かわり種の農家・しなやかファームの阿部俊樹。SNSを使って農業を発信し続ける彼は、まさに新時代の農家といえる。そんな彼のユニークな経歴や想いについて話を聞いた。

農業をやりたい!という想いがめばえる

 阿部は現在のしなやかファームがある四日市市の上海老町で生まれた。父親はサラリーマンで、週末に田んぼをやる典型的な兼業農家だった。小学生時代はクラスの端っこにいる目立たない子供だった。高校も普通科に進み、なんとなく大学に進学した。大学では目的をみつけられずに中退し、名古屋で書店のアルバイトや広告代理店の営業などの仕事をした。25歳の時に結婚し、子供もできた。どこにでもある普通の人生を歩んでいた。
 そんな阿部が農業に興味を持ったのは、広告代理店時代のお客さんに誘われてエステサロン会社の雇われ社長になった時だった。そこで彼は、内面からの美容に注目するようになる。
「内面から美しくするためには食べ物が大切ですよね。それを作っているのは農家なんです。農家ってすごいかも、って思うようになりました」。
 農家に興味を持った阿部は、ネットで農業について調べ始めた。調べていくういちに、農業への興味がわいてきた。いずれは農家をやりたいという友人と農業について語り合った。しかしそれはまだ「漠然とした想い」だった。

逆境が農家への転身を後押し

 順風満帆だったエステサロン会社社長という立場が一転する出来事が起こった。オーナーとトラブったのだ。スタッフたちは彼から距離を置くようになり、会社に居場所がなくなった。子供も3人いるし、マンションも買った。これからどんどんお金がいる時期なのに、このまま今の仕事を続けていくのは無理だ。阿部は苦境に立った。
「これからどうやって生きていこう?って考えた時、自分には二つの目標があることを思い出したんです。『人のためになる』『家族を豊かにする』。この二つを実現するのが自分の生きる目標なんだって。で、それを実現するには、農業をするしかない!って思うようになったんです」。
 ずっと憧れていた農業をすることで、家族を養い、人のためになることもできる。この苦境は自分を農業の道に進ませるためのものじゃないか? 阿部の思いは次第に確信に変わっていった。父親は家の水田を畑にすることを許してくれた。道が開けたような気がした。

きゅうり農家になることを決意

 しかし阿部は、どうやって農家になったらいいかわからなかった。いろんなところに話を聞きにいったし、ネットでも調べた。しかし、はっきりしたことはよくわからなかった。
「ネットで調べても僕が既に知っていることしか載ってないんです。すごく閉鎖的な業界だなと思いました。消費者は生産者の農家のことを全く知らないんです。素晴らしい仕事なのに…。農家が下を向いているように感じました」。
 阿部は三重県の農業者を支援する機関に相談にいった。新規就農者にアドバイスをしたり金銭的に支援したりする機関だ。面談になり「どういう作物を育てたいんですか?」と聞かれた。具体的なことは何も考えてなかった阿部は、答えられなかった。
「指導員の方が言うには、四日市には有名な作物はないけど、トマト農家やいちご農家が比較的多いんだそうです。トマト農家は周りにたくさんいるから、わからないことは聞けるから安心ですよって。でも、自分がトマトを作ってもインパクトがないんじゃないか?って思ったんです。それできゅうりにしました。きゅうりは四日市で誰も作ってなかったから。メジャーな野菜なのに」。
 きゅうりは病気になりやすく虫がつきやすく、収穫も大変な作物だと言われた。でも阿部はきゅうりをやることに決めた。
「一番をとることが大事だと思ったんです。一番と二番の差は大きいじゃないですか。一番をとれば、消費者に何か伝えるときにインパクトが大きい。作ってる人が誰もいないなら、自動的に三重で一番になれますからね(笑)」
 岐阜県・海津のきゅうり農家に研修に行かせてもらえることになった。エステサロン会社は辞め、平日は友人の仕事を手伝いながら名古屋で働き、週末は岐阜で畑仕事を手伝うという生活が始まった。

脱サラして農家になる過程をSNSで発信

 その頃、阿部はツイッターを始めた。脱サラしてこれから農業をはじめる自分のことをつぶやいた。
「ネットで農業について情報収集しても、ネガティブな情報しかないんですよ。汚い、稼げない、ビジネスとして魅力がないって。でも農家に足を運ぶと、みんな誇りを持って仕事をしてるんです。なぜみんな農業のことを知らないのか?それは発信してないから。壁があるんです。その壁を壊したいと思いました」。
 ツイッターをはじめて3か月ぐらいした頃から「阿部さんのきゅうりはどこで買えるんですか?」という問い合わせが入るようになった。それも10件、20件という数で。阿部は「まだ作ってないんです。すみません」と一件一件謝った。
「本当に驚きました。まだきゅうりを作ってないにもかかわらず注文が来たんですから。でもそれは、僕が作ってるから注文きたってことですよね。これから農業を始める僕を、初めてのきゅうりを植える僕を、応援してくれる人がたくさんいたんです。それで思ったんです。自分を知ってもらうことって大事なんじゃないかな?って」。

きゅうり農園『しなやかファーム』誕生

 きゅうり農家での研修を半年ほど続けた2018年の7月、阿部は自分のきゅうり農園『しなやかファーム』を立ち上げた。資金は新規就農者枠で、無金利、無担保で1200万円を借り入れた。
 普通、きゅうり農家をはじめるには最低でも3年は修行する必要があると言われていた。しかし阿部が農家を手伝ったのは週末だけ半年間。実質1か月の修行期間だった。
「いざ農業をはじめてみると、想像以上に大変でした。一作目は病気はでる、虫はでる、木は枯れる…。病気にはなるべく早く対応しなきゃならないんですけど、大変すぎて手が回らないんです。きゅうりは年間2回植え替えるんですけど、収穫期のピークは朝6時から夜7時までずっと収穫です。きゅうりは一日収穫が遅れるとダメになるんですよ。で、そこから出荷の作業に入るんですけど、それが夜中の3時まで。そんな生活が1週間とか10日続くんです。でも、しんどいとは思ったけど、つらいとは思いませんでした。最初からそんなに甘くはないって思ってましたから」。

きゅうりの収穫祭『しなやかフェス』を開催

 3か月後、初めてのきゅうりを収穫した。知識も経験も乏しいにもかかわらず、できあがったきゅうりはとても美味しかった。阿部はそのきゅうりをツイッターで知り合った人たちに食べてもらうためのイベントをやろうと思い立った。
「でもただの収穫祭ではつまらないじゃないですか。だからフェスにしようと思ったんです。DJさんやパフォーマーさんにきてもらっって、みんなが楽しめるものにしようって」。
 こうして、第一回の『しなやかフェス』が開催された。告知はSNSだけだったが、全国から70人もの人が集まった。
「SNSだけで僕の想いに共感してくれた人が集まってくれたんです。それも全国から。来れない人も食材を提供してくれたりしまして、かなり独特な面白いイベントになりました。『農業に対するイメージが変わった!』って言ってくれた人もいました」。
 しなやかフェスは年2回行われ、70人、100人、150人と参加者は増えていった。ツイッターのトレンドに『しなやかフェス』がのった。
「獲れたてのきゅうりを配るんですけど、みんな『おいしい』っていって食べてくれるんです。その時、僕は自分が世界一幸せな農家だって思えるんです」。
 収入も年を追うごとに増えていった。2019年の春には、高知のトマト農家で『しなやかフェス』を開催。地元の町長さんの後押しも受け、200人もの人を集めた。
「収穫祭であるしなやかフェスはとりあえずこれで終わりにして、2020年の夏には『オリジンジャム』っていう夏祭りを企画してるんです。日本には面白い農家さんがたくさんありますから、そんな人たちを集めて、第一次産業に携わる人たちが主役の夏祭りをやろうって考えています」。

日本で最も有名なきゅうり農家になりたい!

 脱サラしてまったく未経験だった農業の道に進む。普通に聞いたら無謀とも思えるようなチャレンジについて、阿部はこう語る。
「大人になれば誰しも、できないことをやらなくなりますよね。でも人は、未経験なのに農業をやるなんて変わった人間に関心を寄せるんです。挑戦する人を応援してくれるんです。だから僕は常に『もしかして失敗するかも?』ということを用意して、それにチャレンジしていきたいんです。自分でゼロからたちあげるってことを大事にしています」。
 最後に、将来の夢を聞いてみた。
「『人のためになる』『家族を豊かにする』っていうことが大前提なんですけど…。農家としての具体的な目標は、日本で最も有名なきゅうり農家になりたいですね。あと、しなやかきゅうりを世界で一番有名なきゅうりにしたいです」。

しなやかファーム

四日市市上海老町2322
WebSite https://shinayaka.me/

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