首長インタビュー

津市長 / 前葉泰幸

四日市看護医療大学長 丸山康人がホストを務める「プラス対談」。今回は、前葉泰幸津市長を訪ねた。広域合併で、新津市が誕生して今年で10年。現場主義を貫き、市民目線で物事を考え、「きちんと仕事をして市民に良い行政サービスを届ける」ことをモットーに津市を経営する。目指すは「風格ある県都・津市」。その名に相応しく、インフラ整備が着実に進められている。

現場主義に魅せられて

丸山 本日はよろしくお願いします。まず、前葉市長の生い立ちについて教えてください。

前葉 現在の私に育てた環境として3つあるように思います。一つは「地元」。旧市役所(現在の津センターパレス)に程近い場所で生まれ、育ち、地元の小学校、中学校、高校に学びました。遊んだ場所で記憶に残っているのは、当時建設中だった日本鋼管の対岸での海釣りです。父によく連れて行ってもらいました。オリジナリティは完全に津のまちにあります。二つ目は「家」です。祖母の代まで商売をしておりました。下駄屋です。前葉家は私が分家4代目になりますが、本家は呉服屋(屋号「紙平」)を営んでいました。本家、分家とも商いとものづくりに携わっていて、参宮街道沿いに立つ住まいからこの町の発展を見つめてきました。先祖が商売で身を立ててきたわけです。ところが、父は下駄屋を継がず、教職の道を選びました。終戦前、年若い頃に代用教員として教壇に立っていた経験から、戦後社会は変わるだろうと考え、あらためて三重師範学校に学んだと聞いています。そういう父が生活を支えていましたから、私はサラリーマン家庭で育ったわけです。ですから、商売人の気持ちも理解できるし、普通の人の暮らしも分かります。このようなわけで、「暮らし」が環境の三つ目。こういう私が地方自治を志して、自治省へ入省したわけです。

丸山 大学時代はどのような生活を?

前葉 法学部を選びました。「塩野宏ゼミ」に学び、法律学の面白さを知り、行政法の世界を垣間見た思いです。また、合唱団「柏葉会」に所属し、学問に、音楽に明けくれた四年間でした。

丸山 自治省(現総務省、以下略)へ入ろうと思われたのは?

前葉 官庁訪問をはじめ、「大蔵」「通産」「自治」ほかを回り、それぞれの魅力を知りました。そして、いよいよ決める段になった日の朝、「霞ヶ関」の駅に立ったとき、「自治省」に足が向かった。何かの導きだったのでしょう、無事決まりました。自治省の魅力は、制度として関わるのでなく、現地で、現場で、実地で、関われることのワクワク感でしょうか?

丸山 〝現場主義〟に魅力を感じられたのですね。入省されて最初に関わった仕事は何でしたか。続けて、仕事の経歴を教えてください。

前葉 3ヶ月間の研修後、群馬県庁への出向が命じられました。1年目は市町村行政、2年目は企業誘致の仕事でした。まったく異なる内容です。3年目は役所に戻って人事。国会連絡なども含まれます。財政局では地方債に関わる仕事を担当しました。地方の実勢を勘案しながら地方債で財源を確保していく重要な仕事です。これも制度そのものではなく、実際のプロジェクトに近いところでの仕事でした。この後、熊本県に出向しました。熊本県立劇場の担当になりましてね。いずれも、前例の無い状態からどうやって物事を成し遂げるか。ゼロから産み出すことを経験しました。ほかにも、地域振興、税務、財政など現場とつながった仕事をさせてもらいました。阪神淡路大震災の年、急きょ、国土庁防災局に送られ、2年間、災害対策基本法の改正などに関わりました。その後、再び自治省へ戻り、固定資産課。京都市、本省自治政策課、宮城県と続きます。

丸山 ずいぶん、幅広くご活躍ですね。

前葉 自治省生活20年のうち12年間は地方公共団体での勤務でした。群馬県に2年、熊本県に5年、京都市2年、宮城県に3年です。

丸山 入省された頃の地方自治体の役割と、2000年頃、地方分権一括法が施行され、自治体の自立性が問われるようになりました。現場にいて、この変化を感じておられましたか?

前葉 仕組み、制度が変ってきたなと感じる一方、地方自治の根幹はあまり変わってないなとも思います。常に住民と向き合って市民が望むことを冷静に判断して決めていく、この姿勢については今も昔も変っていない。そもそもこの基本を見失うと地方自治は崩壊すると思います。

地方自治の基本は基礎自治体にあり!

丸山 さて、市長選へ出馬したのは、どういう気持ちからだったのでしょう。

前葉 ふるさとで市長選にという話があり、自分のバックグラウンドを振り返ったとき、25年の経験をふるさとへの貢献に尽くせるのではないかなと自己判断しました。合併後何年か経過し、自治体経営者が求められていたとき、その責務を私も果たせるかなと思いました。けっして自信などではありません。バックグラウンドを振り返ってみて、そう思ったのです。

丸山 津市を経営しながら、自治省時代に勤務していた県市と比較してみて、どのような感想をお持ちですか。

前葉 群馬県、熊本県、宮城県も、人口でみればほぼ三重県とほぼ同じ規模(約200万人)です。まずまず豊かで、人々の気持ちにもゆとりがあって。地方自治に求められるのは、人々の暮らしを豊かにするためのインフラ整備をきちんと行い、行政サービスを確実に届けることにあります。そういったことがやりやすい県でした。税、財政、地域振興、文化、企画など多様な仕事をしてきましたが、県では管理職の立場で根幹部分に関わって仕事をさせてもらい、自治体経営の醍醐味を経験することができました。県ではなく、基礎自治体(京都市)に勤務したことが大きな意味をもっています。都道府県の仕事と市の仕事はまったく異なります。市の仕事は直接市民の暮らしに関わるものです。地方自治の基本は基礎自治体、一番小さい単位である市町村にあって、その市町村がきちんと仕事をして良いサービスを届ければ、住民の暮らしは充実したものになるだろうと考えます。逆に言えば、市町村がやるべきことをきちんとしないとたいへん住みにくくなってしまう。求められて市長選へ出馬したのには、京都市での経験を基に津市に貢献できるのではと思ったわけです。

丸山 今から10年程前、全国的に自治体の合併が続きました。その効果をどのあたりに見ていますか?

前葉 一律に成功だったか、あるいは失敗だったかについてのトータルな統計は取りにくいと思います。ただ、私が津市をお預かりして言えることは、合併して良かったということです。なぜならば、市町村のサイズはいろんな決め方ができる。色々なサイズが考えられますが、現行の形がベストか否か、誰も断言できないと思います。例えば、合併前の旧美杉村。あのサイズがベストだったかどうか。面積200平方㌔、人口5千人。うち65歳以上が54%以上を占める旧美杉村で、税収が無いなかどうやって福祉財源を確保していくのか。1つの自治体で向き合っていくにはあまりにも厳しい。合併して、このサイズになったことのメリットを最大限享受してもらい、あのサイズのときにできていたことができなくなった不便をできるだけ少なくすること、それを恣意的にやっています。アファーマティブ・アクションでやらないとダメなのです。

人に寄り添う施策の数々

丸山 津市は子育てにも大変力を入れていると感じます。4月に発表された育休退園の廃止についてもお聞かせ願えますか?

前葉 「保育園落ちた日本死ね」。このようなブログが出る以前から、「保育園落ちない津市大丈夫」という気持ちでやってきました。10年間で幼稚園児が960人減り、保育園児が760人増えるのが津市の現実です。明らかに幼稚園が過剰で、保育園が不足しています。幼稚園を保育園に変えていけばよいわけですが、地域ごとの配置バランスの問題があります。また、保育園は給食施設が必要だし、保育士が働きます。制約が多いのです。民間経営者に協力願って入所枠を広げてもらっていますが、この趨勢が続けば不足するのは明らかです。そこで、公立のこども園の運営に踏み切りました。平成31年までに5施設(芸濃、白山、津、一志、香良洲)の整備を進める計画です。保育と幼児教育の両方の良いところを取り入れてサービス提供できる点がメリット。幼稚園を廃止するのではなく、また民営化を推進するのでもなく、保護者のニーズに合わせる形で対応していきます。これとはベクトルは異なりますが、育休退園を廃止します。保護者が第二子を出産後、育児休業を取得すると、第一子も家庭での保育が可能となったものとみなされ、保育園から退園を余儀なくされる動きが見られます。待機児童解消のための枠が増えるわけですから。しかし、一番に配慮しなければならないのは退園させられる子ども本人の気持です。退園にともなう環境の変化が成長期にある子どもの心に及ぼす影響が心配でした。

丸山 整備が進んでいることはとても心強いですね。話は変わりますが、4月24日に開駅した「道の駅津かわげ」についてお聞きします。

前葉 合併前の平成15年春、河芸町から構想が打ち出されましたが、完成後の運営主体が決まらず、見通しがついていなかった。けれども、「案ずるより産むが易し」の気持で完成させました。中勢バイパスと国道306号の交差点付近という利便性もあり、お蔭さまで毎日盛況を博しています。

丸山 施設の特徴は何でしょう。

前葉 海のもの山のものを取りそろえ、合併で大きくなった津市のスケール感をアピールしています。設置した商品1000アイテムのうち950アイテムが津のものです。たとえば、お茶。津市内各産地の茶を揃えました。バリエーションが自慢です。焼きたてパン、産直も充実させました。物産、飲食、イベントなどのコーナーを設け、地域振興に向け、満を持してつくった施設です。志高く一流の道の駅にしたいと思っています。

丸山 防災問題も重要ですね。これまでのキャリアを含め、津市の防災のあり方についてお伺いします。

前葉 避難ルールを明確にすること、被害を未然に防ぐ工夫を考えることの二段構えで実行しています。「地震防災マップ」を全戸に配布するとともに、津市では海岸堤防を建設中です。これらは土壌改良した上での改築です。歴史を紐解くと、昭和34年「伊勢湾台風」で津市が比較的被害が少なかったのは、昭和29年「13号台風」で壊滅的被害を受けた堤防を新設したからだと言われます。備えと災害に強いまちづくり、この二点が重要です。

丸山 最悪の状態を想定して、備えとまちづくりを実行されているわけですね。ほかに、津市のビジョンについてもお聞かせください。

前葉 スポーツ施設「サオリーナ」が平成29年10月にオープンします。みえ国体、インターハイも近づいています。国体では津市で9つの競技が行われます。また、「子ども」を政策の中心に据え、学校関連では耐震改修工事が一段落し、大規模改造工事を進めています。並行して、老朽化したプレハブ校舎の解消、「トイレ快適化計画」に基づく洋式トイレ化を推進し、これに続いて、普通教室にエアコンを設置していきます。こうして市民の暮しの環境を整備させていく考えです。そして、その上で中核市をめざします。志を高く持ち、常に上を向いて…。必要なのは都市の風格です。「風格ある県都・津市づくり」に邁進します。

丸山 中核市をめざすことで市民の意識も変わるように思います。最後に市長の夢を教えてください。

前葉 ライフワークである地方自治をふるさと津市でさせてもらっています。ただ、それを私個人の達成感のみに集約させてはならない話で、市民のより良い暮らしのために何ができるかということを常に考えながら、2500人の職員とともにより良い行政サービスをお届けしたいと思います。

丸山 「市の仕事は直接市民の暮らしに関わるもの」「基礎自治体である市町村がきちんとやるべきことをやって、最良の行政サービスを届ければ、住民の暮らしは充実したものになる」。言葉の一つ一つに重みが宿ります。そして、津市の未来を支える子どもたちに対する施策も手厚く、前葉市長の眼差しに透徹したものを感じました。今日は長時間にわたり、本当にありがとうございました。

前葉泰幸氏プロフィール

昭和37(1962)年津市生まれ。東京大学法学部を卒業後、自治省(現:総務省)に入省。熊本県地域振興課・税務課・財政課、国土庁防災局(現:内閣府)防災企画課、京都市総合企画局政策企画室、宮城県総務部、総務省大臣官房企画官、デクシア銀行東京支店副支店長などを経て、平成23年4月津市長就任。平成27年4月津市長再選を果たす。

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