三重の企業人たち

株式会社ミッドランド経営代表 / 古川典明

ミッドランド経営

― 今の仕事につくきっかけは?

 昭和43年、父は41歳で名古屋国税局を辞め、自宅で会計事務所を開業しました。そして、当時中学生だった私に、税務・会計を通じて中小企業の経営者と向き合う仕事の面白さを教えてくれました。私も父の背中を見るうちに興味を持つようになって。高校生時代、生涯の進路を決める中で、やはり税務・会計の仕事が大きく眼中にありました。
 卒業後、地元へ帰り、専門学校で本格的に受験勉強に取り組みました。合格したのは25歳のとき。24歳での合格を目指していたから、合格した受験仲間に一人だけ取り残された1年間は本当にきつかったです。1年間がんばって合格できなければ、会計士の道を諦めるつもりでした。まさに背水の陣を敷いての闘いでした。大学受験よりも本気度は高かったですね。
 合格後、25歳から30歳まで(昭和55年~60年)監査法人丸の内会計事務所(現監査法人トーマツ)に勤め、30歳のとき、父が経営していた10名ほどの組織に参加しました。当時から父は「お客様満足のためにはワン・ストップで様々なサービスを提供すべき」と考えていて、私が公認会計士・税理士、弟が不動産鑑定士・税理士、従兄が社会保険労務士・行政書士と周辺業務も取り込んだ体制を作っていきました。

― 地域の様々な会と幅広く関わっておられますが、その原点はどこにあるのでしょう?

古川代表 戻った翌年の昭和61年、父の事務所とは別に㈱古川経営総合研究所(現㈱ミッドランド経営)を起こしました。税務・会計も労務もどちらかと言えば、過去の仕事を整理する印象です。一方、中小企業経営者の悩みはこれから会社をどうして行くかということ。税金の計算だけでは経営者の要望に応えることはできません。企業の成長発展のためには将来に向けた経営計画の作成支援や後継者のスムーズな事業承継対策が重要と判断しました。ちょうど、自社株の相続対策などがテーマになっていた頃です。まずは地元とのネットワークを広げようと青年会議所・倫理法人会・中小企業家同友会等々誘われればまずは参加してみようとの思いでいろいろな会へ入会しました。

― 古川経営総合研究所の創業理念は?

古川代表 「当事者の幸福のために存在する」「お客様の永続的発展のために存在する」。この二つです。お客様の永続的な成長発展に貢献することにより、我々社員と家族、お客様とその社員や家族が元気で幸せになれる。その結果として地域が元気になれる。時代によって業務や相談内容は異なりスピーディーに変化・対応することが必要ですが、理念そのものは創業時から一貫しています。

― お父様の会計事務所を正式に引き継がれたのはいつですか?

古川代表 スタートから古川経営総合研究所の代表としてやってきました。相談はしましたが、私が思うように任せてもらい、今思うとありがたかったとつくづく思います。父は長年税理士会役員を務めていた関係もあって、役割分担ができていた面もあります。独り立ちするにはいい環境だったと思います。

― 古川代表はとても温厚でいらっしゃいますね。仕事も娯楽も自然体で臨まれていて〝人間の幅〟を感じます。

古川代表 いや実際はせっかちで、B型のアバウトな人間ですよ。ただ自分を高めていきたいという思いはあって、自身を見つめ直すため、人生哲学をテーマにした勉強会にもしばしば顔を出します。また、社員教育や組織の活性化について学ぼうと倫理法人会へも参加しています。〝人間教育〟を学ぶ上で参考になることが多いですね。
 幸いにも、私は恵まれています。このことを感謝しなければなりません。同時に、苦労は、それを乗り越えることができる人に与えられるのだと言います。だから苦労が少ない私は人生の初心者であるとも思うのです。皆さん人生の先輩なので、奢ることなく謙虚で出来る限り笑顔でいようと思います。

― 感謝する気持ちは大切です。感謝の気持ちが社会還元にまで発展したとき、最高レベルですね。

古川代表 「人の喜び我が喜び」と言いますが、つい自分の利益を最優先に考えてしまいますが、喜んで出したものは「振り子の原理」で必ず帰ってくると言います。社員の利益、取引先の利益を考え、さらに地域貢献にも積極的に関わって見える会社は発展していますね。

― 社名のミッドランドについて伺います。「古川経営」を改められました。

古川代表 ミッドランドは「中部地方」という意味です。我々の業界も二極化が進む中、社内の改革や社員のレベルアップのスピードを上げるとともにお客様のニーズの多様化にさらに対応する必要性を強く感じていました。平成24年に同じような規模でTKC会員で「自利利他」の同じ価値観をを持った三重、名古屋、岡崎、豊田、岐阜の五つの会計事務所がアライアンスを組みました。互いの強みや特徴を毎月の役員会や合同合宿でオープンにしながら、中部地区の中小企業を元気にしていこうというものです。全体で約200人体制です。互いに良い刺激を受けています。
 まだまだですが、お客様がミッドランド経営に出会えてよかったと言っていただける会社にしたいですね。

― 顧客に対する思いなどは。また、目指す方向性は?

古川代表 起業して31年、原点である古川会計事務所の創業から48年になり2年後には50周年を迎えます。お客様を取り巻く経営環境も今まで以上のスピードで変化していく中、もっとお客様のことを知り、お客様に寄り添うことが必要だと思っています。経営者の懐に飛び込んで何が課題で何を我々に求めているかを聞き出す必要があります。標準的ではない個別対応が求められています。われわれの業務も過渡期にあるわけです。遠くない将来、ITの進展で会計業務はAI(人工知能)にとって代わられることが予測されます。行き着くところは、人対人。コミュニケーションという言葉の原義に立ち返るわけです。お客様への寄り添いが必要な理由です。

― 生き残る術(すべ)でもあるようですね

古川代表 専門力は当然のこととして、人間力を磨いていかないと…。車の両輪ですね。これを磨いていくためには「PDCAサイクル」の実践です。目的を明確にし、目標を具体的に持ち、行動してみて目標と実績の差をチェックし、再びやってみる。コツコツこの積み重ねです。「微差の積み重ねが大差を生む。」これは、個人も組織も同様ですね。

― 一日の時間の使い方を教えてください

古川代表 毎日「4・6・ 8・10」のリズムを大切にしています。つまり4時に起きて神棚と仏壇に手を合わせ、朝刊を読み、6時に会社へ向かう。始業までの2時間は社員の日報やメール、前日に回ってきた書類等のチェックをします。
 朝は効率が上がります。8時30分から全員で約30分朝礼と清掃を済ませ、いよいよ仕事が始まります。できる限り仕事を社員に任せ午後8時には帰宅。10時就寝目標です。朝4時には自然に目が覚めますね。

― ご子息お二人が入社されましたが、社内の変化と代表ご自身の変化はどのようなものがありますか

古川代表 今年1月から二人の息子が戻ってきました。ただ私が入社した時とは状況が大きく異なります。私の場合、参加した父の組織が当時、社員数10人でした。そして翌年には古川経営総合研究所の代表です。ある程度は自分の考えでやることができました。しかし、息子たちはどうでしょう。現在55人いる組織でかつての私のようにはいかないと思います。ただ当時父が私を信頼して任せてもらったことを考えると、2人の意見や考え方は尊重したいと思います。

― ご子息の経営に対する考え方は?

古川代表 二人はそれぞれ東京の監査法人と税理士法人で経験を積んできたので、いろいろな意見や提案を言ってきます。議論になり2対1で負けそうになることもあります。ただまだまだ経営という点では経験不足なのでこれからお客様や社内でいろいろな壁にぶつかりながら成長してもらえればと思っています。期待しています。
 ですが、現時点で息子たちはまだ一スタッフです。私の会社での経験も浅く、顧客との信頼関係を築くには至っていません。息子たちに限ったことではなく、社員全員がそのように育ってほしいと思います。事業承継云々は、二人が成長して、みんなに認めてもらえるようになってからの話です。

― 経営の理想形とは?

古川代表 社員には「人に優しく、仕事に厳しく、職場は楽しく」そんないい会社を作ろうと言っています。人間一人の能力はたかが知れているので、各人がこれだけは誰にも負けない強みを作り、アライアンスも含め役割分担の中で組織の強みをさらに高めていきたいと思っています。「本業にこだわらず本業から離れず。」当社の経営理念の説明文にも書いてあるんですが「各人が専門家として知識・技術は言うに及ばず、一人の人間としても一流であるべく常に心技両面で自己研鑚を続ける人間的専門家集団になる。」ことが理想です。

古川典明代表プロフィール

1954年10月1日生、慶応義塾大学法学部法律学科卒
・モットー/「たった一度の人生だから、生かされ生きていることに感謝し、今日一日を自分らしく全力投球」
・好きな言葉 /「ありがとう」
・資格/公認会計士・税理士
・楽しみ/仕事を終えた後の晩酌
・職歴/昭和55年~60年 監査法人丸の内会計事務所(現トーマツ)、 昭和61年~㈱ミッドランド経営、平成8年~12年 三重県監査委員
・社員数/55人
・顧客/法人顧客400社、個人事業150人

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