PERSON~三重の人物紹介 What’s New

三重混声合唱団 あんだぁれ70

あんだぁれ70
サン・ピエトロ大聖堂での奉納演奏

2012年に四日市の市民合唱団として誕生した『あんだぁれ70』。総勢70名という近年の合唱団としては圧巻の人数を誇る『あんだぁれ70』の設立から今日までを、音楽監督の馬場さん、設立発起人の平井さん、団員の木村さんに話を伺った。

 平井さん、『あんだぁれ70』の設立のいきさつについて教えて下さい。
平井 退職したあと近所の人に誘われて四日市の第九の合唱をはじめたんです。その時、指導して下さったのが馬場先生で。先生の指導はホント魅力的で、魅了されてしまいました。そのうちに男声のメンバー4人で「四日市で合唱団を作って馬場先生に指導してもらいたなぁ」なんて話になりましてね。第九って季節合唱団で、1年のうちの半分しか活動しないんですよ。本番で第九を歌った日にその年の合唱団は解散なんです。「1年のうち半分しか馬場先生と一緒に合唱が出来ない。もう僕たちもあんまり時間がないから(笑)、通年歌えるような合唱団を作りたいので指揮をやって下さい」って馬場先生にお願いしたんです。でも、なかなか良い返事が頂けなくて(笑)。
馬場 そうでしたね。私はずっとソプラノ歌手として活動していて、オペラ中心のソロ活動が多かったんです。高校時代に合唱部でしたので合唱自体は嫌いではなかったんですけど、合唱の指揮者っていうのは一人で歌う歌手とは全然違うんです。多勢の人をまとめていかなければいけないし、音楽性みたいなものがそのままカラーとして出ますから、ひとりで歌うより何倍も責任が重いんです。だから私は指揮者から逃げていました。若い頃から「合唱指揮をしなさい」って師匠から言われていたんですけど、何十年も逃げ続けてきた(笑)。ところが平井さんたちからお話を頂いた時は、津市の『津女声合唱団』の指揮を引き受けた頃だったんです。こちらはゼロから立上げるって言ってるし、『津女声合唱団』は設立50年を迎える老舗中の老舗。果たして両方できるのか?っていう不安はありました。でもしばらく考えて、やらせて頂くことにしました。今思うと平井さんたちからの凄いエネルギーに心動かされました。
 設立が決まってから実際に動き出すまでの経緯はどんな感じだったんですか?
馬場 まず骨格を決めようということで、約1年くらいかけて、どのように人を集めてどのような合唱団を作るかというところを徹底的に話し合いました。募集を開始したのは2011年の秋からです。その時の条件が「とにかくやるからにはクオリティの高さも目指したいから、全員一人ずつ歌を歌ってもらうオーディションみたいなものをやろう。そのハードルがあっても歌いたい!って言ってくださる方と一緒にやりたい」ということで、年明け早々の1月2月に、3回に分けて全員の声を聴かせて頂いたんです。最初公募した時、20~30人集まればいいかなぁと思っていたんですが、なんと70人もの人が集まってくれました。『あんだあれ70』の70はそこからきているんです。70人の方に一人づつ「ふるさと」を歌って頂いたんですけど、その時に「この合唱団は今までとは全然違う合唱団になる」って確信しました。皆さん、私に歌を聴かせることをすごく楽しみに来て下さってる。恥ずかしいとか緊張するとか言って躊躇される方も多いんじゃないか?と思ったんですけど、そんなことは全くなくて、皆さん「聴いてください!」って感じですごく楽しそうに歌われるんです。「この人はちょっと…」という方は一人もおられませんでした。
 なぜそんなに集まったんですか?
平井 それはやはり馬場先生の魅力でしょうね。長年やってくれていた四日市の第九を通じて、皆さんが馬場先生のことを良く知っていたんですよ。
馬場 私が四日市第九の合唱指導を始めてから7~8年経ってたんですよね。だから私と第九を歌ってる方たちというのは、かなりコミュニケーションが取れていたみたいで。私は気がつかなかったんですけど、平井さんたちだけじゃなくて何人もの方たちが「通年やれる合唱団があったらいいのに」って思って下さっていたみたいです。
 公募はどうやってされたんですか?
平井 チラシを作って配ったり、新聞にも載せましたね。
 どんなスタートでしたか?
平井 楽しかったね。賑やかだったしね。30人集まればいいかなって言ってたのが、70人ですからね。三重県では最大じゃないですか?
馬場 県内の混声合唱団としては当時、一番人数が多かったかもしれませんね。
 どういうところが楽しかったんですか?
馬場 みなさんお元気で、ピュア。チャレンジ精神旺盛。「遊び心のある大人の合唱団を作りたい」っていうことでスタートしたので、もちろん歌も上手になりたいけど、歌以外にもいろんなことにチャレンジしました。バスで演奏会を聞きに行くツアーを組んだり、レクリエーションもやりましたし、四日市ケーブルテレビで『ミュージックJJ』って番組に出演もしました。あと忘れられないのが、聖路加病院の日野原先生の講演会にお声をかけてもらって、『あんだぁれ』も一緒に歌わせて頂いたことですね。日野原先生はあの頃、103歳だったのですけど、そんなお歳なのに客席から「うわぁー!」って両手上げて入ってきて講演を始めるんです。あの時は指揮もして下さって、本当に忘れられない思い出です。
木村 男性の舞台衣装がピンクのジャケットってのもあったね。僕は「こんな色は品がない」って言ったんだけど(笑)。
馬場 そうでしたね(笑)。最初、男性陣が紛糾しちゃって「これ着ろっていうなら辞める」って人もいたんですよ。でも、初めてピンクのジャケット着てステージで歌った時、すごく評判が良かったんです。そしたら誰も文句を言わなくなりました(笑)。最初のステージは、立ち上げて1年後ぐらいでした。『うたおに』さんっていう津市で全国レベルの実力のある合唱団があるんですけど、その『うたおに』さんと合同演奏会を開催しました。『うたおに』の指揮者の小柴さんが「合唱を何とか三重県にもっと根付かせたい。四日市は人口の割には広がりがまだ足りないから、私ができることは何でもする」って言って下さって。『あんだぁれ』もできたばかりで不安だったので、その申し出は本当にありがたく思いました。その後「はじめの一歩」っていうタイトルで初の単独演奏会をやりました。その後は年に一回、演奏会をするようになって、2017年には石若雅弥さんという新進気鋭の作曲家の方をゲストにお迎えしました。合唱って合唱団の中での人と人との繋がりも大事なんだけど、ともするとこういうサークル活動って自分たちの中だけで完結してしまうんですよね。私はもっと広い視野で、横の繋がりを大事にしたいんです。そういう意味でも外からの空気を入れるっていうのはすごく大事なことで、これまでもメサイアのハレルヤを歌うときには英語の発音を指導してくれる講師をお招きしたり、私は女性なのでどうしても男性の声のトレーニングが手薄になりますから、友達のテノール歌手の人に来てもらって講座を開いたりとか、いろんな企画をやるように心がけています。
木村 日本国内だけじゃなくて海外も行ったよね。
馬場 2016年にウイーンで演奏する機会があって、シュテファン大聖堂とウイーン国立歌劇場で演奏しました。東日本大震災の復興支援みたいな形で、日本のために一晩だけコンサートをやっていいですよってお話があって、うちと東京江戸川少年少女合唱団が手を挙げて、2団体でコンサートをさせてもらったんです。当日は現地の人で超満員でした。日本の歌をたくさん歌ったんですけど、向こうの方の聴き方って全然違って、音楽をほんとに愛してるんですよね。日本から来たどこの誰ともわからない合唱団の演奏でも温かく聴いてくれる。だから拍手もすごいし、最後もスタンディングオベーションでした。私自身、20代の時にウイーンで勉強したことがあるので、ウイーン国立歌劇場とかシュテファン大聖堂はほぼ毎日行ってたんです。何十年後、まさか自分がその舞台に立って演奏できるとは思っていなかったから、本当に感動しました。シュテファン大聖堂はモーツァルトが結婚式をしたところだし、少し歩けばモーツァルトやベートーベンが住んでた家があるんです。モーツァルトの作品を1曲歌ったんですけど、そこにモーツァルトがいる!って思えるくらい素晴らしい音でした。練習の時は到達できなかったような、神がかった演奏ができたんです。音が違うんですよね。建物自体もホントに大きいし、天井が恐ろしく高い。そこからシャワーのように音が降ってくる。神様に導かれてるみたいな気持ちになりました。ウイーンに行ったのは総勢70名ぐらいだったんですけど、『あんだぁれ』だけじゃなくて、名古屋で自分の門下生で作っているアンサンブルチームや『津女声合唱団』や、私が音楽を通して関わってる人たちのコラボ合唱団です。ウイーンの演奏旅行がとても評判が良かったのですぐ次の話が来て、2019年8月にイタリアに演奏旅行に行きました。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂やシスティーナ礼拝堂、アッシジのサンフランチェスコ教会でもコンサートをやりました。サンフランチェスコ教会はアッシジの一番高いところにあるんですけど、その教会を頂上にして、その下に街が広がってるんです。本当に素敵なところでした。
 ウイーンに演奏旅行に行くきっかけは?
馬場 『あんだぁれ』を立ち上げた時から「いつか海外へ演奏旅行に行きたい」とのご希望が団員さんたちからあったんです。でも、カーネギーホールで演奏できるとかウイーンでコンサートができるとか色んな企画がありますが、5分10分歌うだけで終わっちゃうようなものが多いんです。そんなんだったら行く意味がないよね、行くからには意義のあるものにしたいねって話は平井さんたちとずっとしてたんです。そんな時、たまたま東日本大震災の復興コンサートっていうのが目に止まって、「これなら!」っていう事で手を挙げたんです。それで、事務所の方とお会いして詳しく話を聞いたら、複数団体手を挙げておられたみたいで、結構厳しいこと言われて、練習も見に来られて。こちらは初めての参加だし歴史のある合唱団じゃないから、事務所の方も「この人たち連れていっても大丈夫か?」っていうのがあったみたいです(笑)。
 皆さんのお話を伺っていると、本当に「あんだぁれの活動が楽しい」ってことが伝わって来るんですけど…。逆に大変なこと、苦労したことはありますか?
馬場 やはりコロナが一番大変でしたね。コロナになってからZOOMを使ってオンラインレッスンをはじめたんですけど、全員がZOOMに入れるまでどれくらいかかったかな?
平井 最初は20人くらいでしたけど、だんだん増えていって、最後は先生と歌うチャンスがなくなるくらいになりましたね(笑)。
 今は何名くらい在籍しているんですか?
平井 今60人くらい、コロナで少し減っちゃいました。高齢化もありますし。
木村 団員募集はコツコツと続けてやっていかないとダメだよね。やっぱりマンパワーは必要。20人30人でも合唱は出来るけども、60人70人のマンパワーで歌いたい。それぐらいの人数で歌うと迫力が違うんだよね。これからはどの合唱団でも起こってくるだろうけど、高齢化で人数が減って、合併とかがどんどん増えてくような気がする。あそこの合唱団にいたけどほとんど歌えなくなったからこちらへ来たとか…。でも『あんだあれ』はふんばっていたいよね。
馬場 今、世の中がどんどん核家族化していくように、合唱団も仲良しグループで5人10人ってところが増えてますね。『あんだぁれ』みたいに50人超えるって、合唱団としてはかなり大所帯なんですけど、そういう大所帯でやっていく苦労ってやはり多いんですよ。人が集まればそれだけ想いが違うから。そこをまとめていく役員さんたちは本当に大変だと思います。けれど、だからこそ得られるものってあると思うんですよね。めんどくさいことがいっぱいあるけれども、めんどくさいことをめんどくさがらずにやることで、10人や20人では出来ない、50人60人70人いるからできることを、私たちは提示していくべきだと思います。
木村 やっぱり50人を超えるような団体に一番重要なのはマネジメントだよね。それがないと団体は動かない。
 実際どういうご苦労がありますか、人数が多いと?
木村 色々あるね。例えば一つのことを決めるにしても、音楽監督の馬場先生がひとこと言えば決まるとはいえ、そればかりじゃまとまらない。みんなのコンセンサスが得られるように手続きを踏んでやっていかないとね。
馬場 そうですね。音楽的な面で言えば、50人60人70人となると私一人の力では目が届かないところがあるので、今4人、プロの歌手をコーチとして迎えています。そのコーチたちが音取りとかの細々としたことをやってくれて、私が最後にまとめるっていうシステムはできていると思います。
木村 これ、ちょっと他の団には真似できないとこだね。馬場先生だからできるんだろうね。コーチが4人もいてくれるとパートごとに分けられるじゃない。やっぱりその分、練習が濃くなる。あと『あんだぁれ』に入ってびっくりしたのは、60人70人いると、どこの誰かわからないってケースもあるんだけど、『あんだぁれ』はそれがない。なぜかって言うと、アンサンブルコンテストをやるから。アンサンブルコンテストってのは、少人数で歌う団内のコンクールみたいなもので、これがすごく有効だと思う。ソプラノから3人、アルトから3人という具合に、10人ちょっとのチームが6つくらいできるわけ。10何人だと名前を覚えちゃうし、仲良くなる。毎年同じメンバーじゃなくシャッフルしていく、それを何度かやれば70人という人数でもどんな人かだいたいわかるようになるよね。
馬場 アンサンブルコンテストのいい点は、コミュニケーションだけじゃなくて、少人数でアンサンブルをやることによって、個の力をボトムアップできることなんですよね。アンサンブルコンテストをした直後はみんなすごく上手。審査をして順位を付ける競技性もあるんです。どこが良かったか悪かったか講評もでてくる。だから「優勝したい!」ってみんな頑張るんですよ。
 それはおもしろいですね。人数が多くないとできないことですね。
馬場 ただコンテストだけだとストレスが溜まるので、毎年、新年会の宴会をその後にもってくるようにしてます。午前中はコンテストでみんな緊張して、終わったらみんなで楽しくお食事するんです。ここ2年、コロナになってからは中止になっていますけど。
木村 あと、僕が凄いなあって思ったのは、歴代の会計の人がきちんと会計をされていたこと。文化庁からコロナの補助金が出るって話があって、でも僕たちみたいな任意団体が補助金をもらえるのか全然わからなくて、ダメ元で申請してみたんだよね。そしたら、会計のことを色々つつかれた。国税局が税務調査に来たような感じだった(笑)。でも水野さんていう会計をやってた方に聞くと、すぐ答えが帰ってくる。大したもんだなあと思った。
馬場 そういう面では『あんだぁれ』って企業戦士で長年やってこられた方がたくさんいらっしゃるから、運営の組織体制が完璧にできているんですよね。
では最後に『あんだぁれ』の魅力を教えて下さい。平井さんどうですか?
平井 老若男女関係なしに、若い女性でも私みたいなじいさんにフランクに話してくれるのがいいですね。若返ります(笑)。
 木村さんは?
木村 たくさんあるけれど、一番いい点はいろんな人と出会えることかな。僕が『あんだぁれ』に入るきっかけになったのは、同窓会の時、友人に「仕事リタイアしたし、昔ちょっと歌ったことがあるから合唱団でも入ろうかな?」って言ったら、「あんだあれっていうのがあるから、そこに入りなさい!」って半強制的に見学に行かされて(笑)。その友人には凄く感謝してる。あと、やはりウイーンとザルツブルグへ行ったのが素晴らしい経験だった。僕は絵を描くから、クリムトって画家の国ってのもあったし、ウイーンはモーツァルト、ベートーベンなど、僕たちが学校で勉強してきた作曲家が活躍したところじゃない。そんなところへ演奏旅行に行けるなんて、そんなチャンス普通ないからね。
 馬場さんは?
馬場 週に1回、みんなと集って歌うことによって、生活に張りが出ますよね。やはり人と出会うことが重要なんです。合唱ってひとりよがりじゃ歌えない。隣の人の音を聴きながら声を合わせて、心も合わせてっていうのが合唱なんです。私は大学の合唱団とかプロの合唱団とか、いろんなところで仕事をしていますけど、こういう市民合唱団というか、アマチュアの人たちで集う合唱団っていうのは、また違った良さがあるんです。こういう人たちが文化を支えているんだなぁって思います。合唱って、世代を超えて、社会的な立場や年齢とかの垣根も超えて、みんなどの人も一緒に音楽ができるのがいいんです。あと、みんながすぐ音を取れるわけではないし、すぐリズムを取れるわけじゃない。時間はかかるんですけど、積み上げていく面白さみたいなのがあるんです。今はネットでいろんなものが手っ取り早く手に入りますよね。でも合唱って手間暇かかるんです。手間暇かかって時間もかかるけれど、そうやって苦労して作っていくところに、本当の楽しみがあるんです。

馬場浩子氏プロフィール
馬場浩子
四日市市出身。武蔵野音楽大学声楽科卒業。2007三重県文化奨励賞受賞。1985よりソプラノ歌手として活躍。オペラは主役出演多数。ソリストとして多数の著名指揮者と共演、海外公演も行う。その他、青少年の合唱指導や声楽コンクール審査員も多数。四日市市主催「熟年大学」「市民大学」講師、三浜文化会館運営委員、四日市ファミリー音楽コンクール実行委員。名古屋芸術大学・大学院教授。三重大学教育学部非常勤講師。三重オペラ協会顧問。日本演奏連盟会員。女声アンサンブルMarimo座主宰。津女声合唱団指揮者。三重混声合唱団あんだぁれ70音楽監督・指揮者。

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