三重の企業人たち

株式会社伊賀の里モクモク手づくりファーム / 松尾尚之社長

食と農業の正しいあり方を学ぶ「食農学習の場」

かつて農業は命を育てる営みであった。働く人は、生物の命を育て、育った命に育てられながら大きな循環の中に生きていた。しかし、いつからかその意義が薄れ、今や労働の先にある命が実感できない状況になっている。
数々の「体験教室」を通じてモクモクが提案するのは、緩んだ「労働」と「果実」の糸を結び直そうという試みである。ここへ来て、農場での野菜作りや、田植えから収穫までの米作り体験、牧場での酪農体験などを通して「命」を見つめ直そう。

ファーム創設へはどのような経緯で?

松尾尚之社長(以下、松尾) 30年前になります。地元、旧阿山町の養豚農家は常々、自分たちが作ったものに自分たちで値段をつけて販売することができないことに疑問と不満を持っていました。市場が価格を決めるのではなく、自分たちが値段を付けるのが本来の姿ではないかと。それが出発点でした。

社長は2代目でしたね。

松尾 その地元農家16軒が作った豚肉を営業していたのが木村修前社長です。私もそれまで営業をしていたわけですが、木村氏が入社した後、イオンへの営業を交替したんです。当時イオンは先進的で、「農家がブランドを立ち上げるなら全面的に協力する。生産体制は任せる」と言ってくれました。さらに、豚肉を全部買い上げるという約束まで…。まぁ、実際は半分ほどでしたが…(笑)。でも、嬉しかった。それで、残る半分を生協と農協、スーパーへ売りに走りました。こうして販路を築いていったのです。

ハムに着目したのはどういうわけで?

松尾 木村氏からの情報でした。ハムが売れると知って、二人でここへ来ました。さっそくハムを作ってイオンや生協へ卸したんですが…。実際は期待に反して売行きはさっぱり。話が違った(笑)。しかし、木村前社長は夢がありましたね。

ファームも変わりましたね。

松尾 工場見学を企画したことがあります。自分たちの商品を知ってもらうためです。ソーセージの見学会では商品をいっしょに作る体験をしていただきました。体験を通して商品の価値を分かってもらおうと思いました。参加者が参加者を呼んで、どんどんファンが広がって行きました。参加者が増えてくると、それまで芳しくなかったハムの売り上げが伸びはじめましてね。気付いたのは、ここへ体験に来るお客さんは買ってくれるけど、店頭では財布のひもが固いということ。レジャー用と普段用の別々の財布があるようです。

御社は6次産業化の先鞭を切ったと言えそうですね。

松尾 タイミングが良かったんだと思います。

農業や酪農である「第1次産業」から、ハムや地ビール、パン、とうふづくりなどの加工を手掛ける「第2次産業」、それらの製品を直営店舗や直営レストランで販売を行う「第3次産業」まで、すべて自社で行う新しい農業のカタチ「第6次産業」を展開している。

でも、順風満帆というわけではなかったとお聞きしましたが。

松尾 確かに、たいへんな時期がありました。資金が行き詰まったこともあります。それで、カタログ販売をはじめ、会員組織を作って出資金を募ったんです。もちろん、その見返りとして新米などを贈呈しました。有難いことに少なくない額のお金を集めることができ、生き伸びることができました。

食育の分野にも進出しましたね。

松尾 酪農を通じて食育を考える事業です。搾乳体験にとどまりません。そのための施設が「ジャージー牧場」です。宿泊コテージも造りました。子どもたちにこんな話をするんです。…牛が妊娠するとお乳を出す。仔牛を産むと母牛は子育て中にカルシウムが不足したり、ときには死んでしまうことも。みなさんは命と引き換えに出る牛のお乳を飲んでいるんですよ。…絞りたてのお乳はあたたかいですね。そのあたたかさが命なんですよ…。話を聞いてもらった後、コテージで朝食をとります。参加者のみなさんはきっといろんなことを感じてくれるはずです。これが、私どもの食育なんです。
 ここはまた、「全国食育交流フォーラム」の会場にもなります。食の体験や参加者同士の交流を育ててもらおうというもので、今年で7回目を迎えました。テーマは「テーブルを囲んで。~Eat Together!~」。生産者の気持ちと食べものの通ってきた道について思いを巡らせ、食べることの幸せをかみしめてほしいと願っています。

「地産地消」が徹底していますね

松尾 はい、基本にしています。近郊の耕作放棄地で米作りをはじめ、それまで仕入れていたおにぎりを自前で提供できるようにしました。ウィンナー教室でノウハウをつかんでいましたから、その要領でパンやお菓子、ジャム作りなどをメニューに組み込んで、体験工房を充実させていったのです。

ここだけでなく、あちこちに農場レストランを出店されていますね

松尾 市街地に設置し、ここ伊賀のファームを知ってもらうためのアンテナショップの役割を持たせています。名古屋、大阪、滋賀などに出店しておりまして、現在9店舗。地産地消に重きを置いた食のあり方の提案を行っています。

反響はいかがですか?

松尾 バイキングということもあって、人気を呼んでいます。ただ、心配なのが食べ残し。そこで、片付けを手伝っていただいた人に「おかえりコイン」を発行しています。それを私どもが買い取る形で環境活動・食農教育基金への寄附とさせていただいています。このシステムで店舗スタッフの人権費が削減でき、食べ残し(生ゴミ)も減るわけです。参加者にとってゴミの分別の勉強にもなるはずです。

目指していることは?

松尾 2丁の田んぼから米作りを始めましたが、現在15丁にまで拡大させています。米単価が下がり、米作り農家が減って、どんどん耕作放棄地が増えています。購入価格を上げ、農業資材を安価で提供することが対策の要となります。農家を集めて交渉力をつければ、農業資材が安価で入手することもできます。その結果、農家さんにはできるだけ安価で肥糧などを提供できています。また、米の買い取り価格を大幅に上げました。それなら農家さんも農業を続けていただけますでしょう。私どもが理想とする自然環境も維持できます。今では農家さんにお願いして80丁に増やしました。米は通販も行っているんですよ。

よく売れるでしょう、ブランド米ですから。ほかには?

松尾 大豆を作っています。直営で15丁、農家さんに25丁、耕作面積は計40丁に及びます。その大豆は豆腐と味噌に加工しています。また、いちご畑も作りました。〝食べ放題〟を目的としたものではありません。成長過程のこと、蜂が受粉して実をつけること、表面のつぶつぶの役割などを学習した後、お土産としていくらか召し上がっていただきます。食べることと農業を学習してもらう場なのです。

地ビールも作っていましたね

松尾 はい。麦芽から作っています。珍しいと思いますよ。熱処理もろ過もしませんから、酵母が生きたまま入っています。ものづくりは地味なものです。店頭で目にする商品は彼らの汗と苦労の結晶です。そんな彼らにスポットを当てたい気持ちから、コンクールへ出品したり、海外研修へ参加してもらっています。刺激になりますし、そうすることで仕事に意欲を持ち続けてもらえるのではないかと。お蔭様でビールは最高賞(ワールド・ビアカップ)をいただきました。

仕事に愛着がわき、意欲が生まれますね。

松尾 自分たちの技術水準が分かるし、自信にもつながります。

人材づくりについては?

松尾 今年の夏は大学生がインターンシップで120人程やってきました。6次産業化を体験してもらいました。作って、加工して、販売まで、ワンストップで体験できる施設はそうそうありません。

従業員さんも全国から。農業に対する夢をもって来ているようで。

松尾 自分の目的を明確にもっている学生が多いですね。会社説明会に全国から800人が集まったことがあります。

自由な気風が受けるのでしょうか?

松尾 共同出資で成り立っている会社です。従業員も社長になるチャンスがある。だから、がんばり甲斐があるわけです。

実力のある人が次期経営者というわけですか?

松尾 そのとおりです。海外からの観光客も増えています。韓国からの視察も受け入れました。中国、台湾も増えています。ひょっとしたら、上野城より来場者が多いかもしれませんよ(笑)。

それはすごいですね(笑)。今日はありがとうございました。

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