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倒産した専門学校の学生を救済せよ!! / 大橋学園、大橋正行の挑戦

ユマニテク

専門学校が倒産した!!学内にお金はほとんど残っていなかった。このままでは、学生たちが卒業できない。その非常事態に、大橋学園会長の大橋正行は、学生の救済に乗り出した。

突然白紙になった歯科衛生士専門学校設立計画

 平成元年、大橋学園理事長の大橋正行は、歯科衛生士の専門学校の設立を計画していた。四日市歯科医師会会員のA氏から「四日市で歯科衛生士の専門学校を作って欲しい」と依頼があったからだ。その後、四日市歯科医師会のH氏からも同様の依頼があり、学校設立の話は一気に進んだかにみえた。
 そんなある日、H氏から大橋に電話があった。H氏は言った。「歯科衛生士の専門学校は別の方がやりますから、あきらめて下さい」。突然のことに驚いた大橋は理由を聞いたが、H氏の答えは「別の方がやりますから」の一点張りだった。どこがやるのか?なぜ急に変更になったのか?詳しいことは全く教えてもらえなかった。大橋はA氏にも理由を聞いたが、H氏同様、詳しいことは何も話さなかった。
 「あまりのことに唖然としました。でも歯科医師会の協力がなければ学校設立は不可能です。釈然としないまま、この件から手を引くことにしました」。
 しばらくして大橋は、四日市に歯科衛生士の専門学校ができることを知った。名称は四日市歯科衛生士専門学校。運営するのは名古屋の学校法人で、校長はなんとH氏だった。

四日市歯科衛生士専門学校が倒産。大橋は学生救済に乗り出す

 時は流れ平成12年の春、大橋に一本の電話が入った。四日市歯科衛生士専門学校の職員からだった。彼は言った。「学校が大変なことになっています。助けて下さい」。
 大橋はすぐに四日市歯科衛生士専門学校の職員と会った。「学校がとても困った人たちに支配されていて、学内に全くお金がありません。このままでは授業もできません。学生たちを助けて下さい」と彼らは訴えた。「これは大変なことになった」。驚いた大橋は、とりあえず学生を救済することを約束した。
 大橋が学生を助けるための方策を思案している矢先、四日市歯科衛生士専門学校は倒産してしまった。学校が倒産した!! この事態に県庁も三重県歯科医師会も騒然となった。大橋はこの件の管財人に指名された尾西という弁護士と会った。
 「学生を助けるにはどうすればいいでしょう? 2年生だけでもなんとか卒業させてあげたいんです。とりあえず授業を継続するための当座の資金を出そうと思いますが」。
 尾西は言った。
 「建物も土地も銀行の担保に入っているのでどうにもなりません。大橋さん、学内の備品を買って下さい。そうすれば持ち出せなくなりますから、授業を続けられます」。
 尾西は裁判所と掛け合い、大橋が関係者としてこの件に関与してもいいという許可を得た。大橋はすぐさま1500万円を用意し、学内の机や椅子、授業に使う機材などを全て買い取った。
 そして大橋は関係者として学校の経営状況を知った。その内容は驚くべきものだった。学校にはお金がほとんど残ってなかったのだ。学生からの預かり金も、修学旅行費も、保護者会のお金も、全て使い込まれていた。3台のベンツが学校の経費で購入されていた。保証人は校長のH氏だった。彼は入院していて学校には姿を現さなかった。
 大橋と尾西は『1500万円を学生の債権として優先的に扱う』ということを裁判所に認めてもらった。裁判官は言った。
 「学生を助けようとするあなた方の気持ちに感謝します。全面的にご協力しましょう」。

様々な困難を乗り越え、学校は大橋学園傘下で存続することに

 学校を存続させるためには歯科医師会の協力が必要だ。大橋は三重県歯科医師会の会合に出席し、2年生を卒業させるための計画を説明した。しかし会員たちの反応は否定的だった。「なぜそんなことをするんだ?」と喰ってかかる者もいた。
 「なぜ協力的じゃないのか理由がわからなかったですね。でも会長の中村さんが最後に言ってくれたんです。『いろいろあったことは僕も聞いている。この件を解決できるのは大橋先生しかいないと思う。彼にお願いしようじゃないか』って」。
 さらに裁判所の指示で『銀行は3月まで学校の土地建物を処分できない』ということが決まった。これでとりあえず3月まで学校を存続させることができる。大橋は保護者会で「大橋学園が責任を持って2年生全員を卒業
「大橋学園が責任を持って2年生全員を卒業させます」と約束した。しかしその時点で1年生の処遇は決まっていなかった。「娘は卒業できるんでしょうか?」と聞く1年生の親たちに、大橋は「努力してみます」と答えるのが精一杯だった。学校自体は倒産しているので、来年度以降、学校が存続できるかどうかはまだわからなかった。
 「本当にややこしい一件でした。借り入れは銀行どころか街金から闇金まであったんです。債権者に『あんたが払ってくれるのか?』と詰め寄られたり、深夜に電話が掛かってきて『鈴鹿の歯科医師だけど、この一件から手を引け』って言われたこともありました」。
 それからというもの、大橋は学校を存続させるために精力的に動いた。所管官庁の厚生労働省と掛け合い、「学校をいったん潰して大橋学園の傘下に移すなら、緊急避難措置としてあらゆる例外措置を認める」という裁定を得た。
 次に土地建物の所有者である銀行に、来年度以降も校舎を使わせてくれるように頼んだ。しかし答えはNO。「3億2千万円の融資の担保物件なので、それに近い金額なら売却してもいい」というのが銀行の答えだった。しかしどうひいき目に見ても、土地建物に3億円の価値はない。「大橋学園が最新鋭のものを建てるから結構です」と大橋は銀行に言い放った。
 校舎を明け渡すまで7ヶ月。大橋は借り入れと自己資本で4億5千万円を用意し、大橋学園が経営する塩浜のユマニテク医療専門学校の敷地内に突貫工事で新校舎を建設した。工事は新年度になんとか間に合った。

ユマニテク歯科衛生専門学校として無事新年度を迎える

 平成13年4月。四日市歯科衛生士専門学校は大橋学園経営の「ユマニテク歯科衛生専門学校」として生まれ変わった。新築の校舎に新入生が何事もなかったかのように入学してきた。「学校が倒産する」という非常事態にあって、四日市歯科衛生士専門学校の学生たちは、一人の例外もなく無事卒業・進級を果たしたのだった。
 なぜこの件に関わろうと思ったのか?なぜリスクをしょってでも学生を救済しようとしたのか?という問いに、大橋はこう答えた。
 「大橋学園内では、ほとんどの職員が四日市歯科衛生士専門学校に関わることに反対しました。『わざわざややこしい学校を買わなくても一から作った方が早いし、我々が学生を助ける義務もありません』というのが彼らの言い分でした。ビジネスとして考えたら、それは正論です。確かに一から作った方が楽かもしれません。でも学校としては、それじゃダメなんです。学生を助けた者だけが、その学校を経営する資格があるんです。これは教育に携わる者の原理原則なんです」。
 その後、ユマニテク歯科衛生専門学校は専門学校ユマニテク医療福祉大学校の歯科衛生学科に統合され、毎年多くの歯科衛生士を世に送り出している。 

大橋学園グループ 会長 大橋正行氏


S23年12月生まれ(A型)
三重大学人文学部大学院社会科学修士課程修了
専門学校ユマニテク医療福祉大学校/校長
ユマニテク看護助産専門学校/校長
株式会社太陽化学/監査役
公益社団法人日本介護福祉士養成施設協会/副会長

 

専門学校ユマニテク医療福祉大学校

四日市市塩浜本町2-34
TEL.059-349-6033
http://www.humanitec-re.jp/
理学療法学科、作業療法学科科、
鍼灸学科、歯科衛生学科、介護福祉学科

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