首長インタビュー

名張市長 / 亀井利克

亀井利克 名張市長

リーダーは現場の声を聞き分けられるよい耳を持たねばならない。そして、持ち合わせるべきは福祉の心だろう。亀井市長の強いリーダーシップに基づく名張発の発想と試みが、いまの人口減少社会にはびこる諸問題の根を刈り取って行く。

丸山 子供時代はどのようにお過ごしでしたか?

亀井市長 よく遊びました。でも、その経験が人生の大きな糧になっています。空手道は古くからやっていて、6段・師範です。大学時代はもっぱら日本拳法。2段です。ほかにも柔道初段と剣道初段。そして、社会人になってはじめた茶道は表千家の教授者です。

丸山 今でも武道と茶道は続けていらっしゃるのですか?

亀井市長 お茶だけです。「お伊勢さん菓子博2017」では、三重県菓子工業組合に頼まれまして、私の立てた茶で呈茶を行いました。久しく茶を立てていませんでしたが、不思議に身体は覚えているもので、長いブランクはあってもすぐに感覚が戻りました。ラジオ体操であの音楽が鳴り出すと自然に身体が動くのと同じですよ(笑)。

丸山 身体で覚えた記憶というのは確かなものですね。さて、大学では何を学ばれたのですか?

亀井市長 大学の4年間は日本拳法です。卒業後は再び空手に戻りました。武道に明け暮れ、勉強からは少し離れていましたね(笑)。

丸山 学生時代で得たものは何でしょうか?

亀井市長 大学のモットーは「真剣味」でしたから、強固な意志と体力、リーダーシップ、協調性を体得しました。

丸山 そうして武道を極め、全国大会へ出場されたのですか?

亀井市長 中部大会を3位で突破し、全国出場を果たしました。

丸山 ご立派ですね。卒業後はどちらへお勤めに?

亀井市長 名張市役所です。13年間お世話になりました。社会教育や税、商工関連を経験して38歳で退職。県議へ出馬するためです。

丸山 役所時代に政治家としての基礎を築かれたのですね。

亀井市長 障害者福祉に関心がありました。他県にやや遅れている感がありましたから、名張市を福祉の理想郷にしたかったのです。県議を3期務める間に知識と人脈を生かして、福祉の理想郷を目指しました。理想というのは単にサービスを提供することではありません。市長に就任した翌年の平成15年に総合計画「福祉の理想郷プラン」を公表しましたが、これは老若男女、障害の有無にかかわらずすべての市民が社会参加する互助共生社会の構築が目標です。今日いうところの「一億総活躍」、昨年創設された「共生社会実現本部」です。

丸山 市長がおっしゃる理想の福祉社会とはどういうものですか?

亀井市長 いまや国も地方も共通の課題は、人口減少社会に突入し、この流れが加速していることです。2100年には日本の人口が半分以下になるという推計もあります。では、そのときわが国の経済あるいは社会保障制度はいかなる状況にあるでしょう。人口のピークは2100年、GDPのピークは1997年でした。ですから、今後は人口減少を前提に政策を組まなければならないのです。こうした状況下で福祉の理想郷を考えます。人口5千万と言えば、ちょうど江戸時代の社会。江戸時代は今で言う「近接補完の原則」(※1)に基づく互助共生社会でした。自分でできることは自分で、できなければ隣同士で助け合う。それでもできない場合は地域の中で。さらには市、国へと上層に働きかける。つまり、ソーシャルキャピタルの醸成です。公衆衛生学の権威イチロー・カワチ教授(ハーバード大学)は、「ソーシャルキャピタルの醸成なくしてどんな取り組みも実(じつ)を成さない」と言われます。したがって、まずは土台づくり、安心安全の社会づくりが必要なのです。名張市でも15地域(小学校区)が自発的に活動を開始しました。

丸山 どうして自発的活動がめばえてきたのですか?

亀井市長 市に予算がなかった。自分たちでやるしか方法がなかったのです。はじめのうち助成金の範囲でしかできていなかった事業が、いつの間にか各地の喫緊の課題に迫り、その解決に向けて取り組むようになっていました。次には「区長会」を取り止めました。ほかにも15地区の「公民館」をコミュニティセンターに改め、住民主体の運営を目指しました。さらに、10年後のまちのビジョンづくりを行いました。これら地域計画を総合計画に取り入れ、共同でやっていく考えです。名張市はこうした問題に精通した学識経験者に恵まれています。「名張版ネウボラ」(※2)の創設もその成果と言えます。各地区で運営する「子育て広場」も同じ。お年寄りたちが集まってきますし、高齢者対策としても優れているのではないでしょうか。国の担当大臣らが見学され、好評価をいただいています。

丸山 「名張版ネウボラ」は元々どなたの発案だったのですか。

亀井市長 保健師からアイデアが出されました。名張市は若い街ですから、子育てがしばしば政治テーマになります。名張市では現在、各地域の「まちの保健室」にチャイルドパートナー(子育ての相談員)を配置し、子育て相談を行っています。「まちの保健室」は地域包括支援センターの出先機関で、これを15地域に設置して細かな対応を行っています。

丸山 必要とされることでモチベーションが高まりますね。

亀井市長 そのとおりです。名張市は地域包括ケアシステムの取り組みが早く、平成23年からスタートさせました。健康寿命の数値が伸長しているのも一つの成果ではないでしょうか。また、平成27年に国の生活困窮者自立支援法が施行されましたが、これも当市では生活困窮者への取り組みとして平成20年度からはじめています。ある調査結果を見て唖然としましてね。15才の子どもの将来が保護者の学歴と所得によって決まってしまうという現実に泣けてきました。親の貧困が子どもの将来に影響する確率はおよそ8割。まさに貧困の連鎖です。経済大国日本の裏の顔を見るようで、恥ずかしく思います。がんばれば報われる社会をつくらないと。そのためにも私は「就労支援」と「学習支援」を2本柱にして取り組みたいと思います。全員に高校進学してもらいたい。病気や母子家庭などさまざまな理由から、実に子どもの6人に1人が貧困と聞きます。子どもの貧困は親の貧困であり、なんとかしないといけない。企業の支援に期待できないものでしょうか。

丸山 確かにそうですね。

亀井市長 若い女性が減り、出生率が激減しています。さらに非婚率の上昇が人口減少に大きく影響しています。地方創生のためにもこれをなんとかしないといけません。地方で育てた若者が都市部に吸収されています。地方活性化が決め手ですが、苦戦しています。

丸山 それでも合計特殊出生率(※3)はわずかですが、ここ数年、伸びていますね。

亀井市長 確かに、名張市で子育てしようという人が増えてきています。15才未満については、平成25年から転入者の方が転出者を上回っており、この流れを加速化させたいのです。

丸山 ほかに施策は?

亀井市長 医療の面では平成25年に小児救急を立ち上げました。24時間年中無休のセーフティネットです。ドクター6人で対応しています。教育面では、小中一貫教育の試行を始めました。そして、5歳児を義務教育していこうかと。小学1年の前半は実際〝年長さん〟の延長です。生活習慣をきちんと身に着けた上で小学校へ入学してもらい、入学後はすぐにも授業を開始したい。そのための準備期間として、5歳児からの義務教育を提唱したいのです。

丸山 たくさんの取り組みが同時進行ですね。

亀井市長 健康づくりのための「まちじゅう元気!!プロジェクト」もあります。健康寿命の延伸がテーマです。たとえば、糖尿病に関しては、三重県は全国ワースト2といいます。医療費も巨額にのぼります。是正に向け、健診制度などを充実させる考えです。

丸山 最後に、市長としての目標と個人的な夢をお聞かせください。

亀井市長 市長職としてはソーシャルキャピタルの醸成、土台づくりをより確かなものにしたい。防災や消費者問題、健康づくり、子育てなどの対策の精度を高めたい。政治家としての任務を終え、個人の生活に入ってからは農業をしたいと思っています。農業が福祉に役立つという考え方が「農福連携」となって実りつつあります。また、公人の立場から物を言いました(笑)。

丸山  名張版地域包括ケアシステムについては学術雑誌等で存じておりましたが、これほど熱心に取り組まれているとは驚きでした。本日は長時間ありがとうございました。 

(※1)住民に最も身近な地方自治体に公的事務事業を優先的に配分すること。
(※2)フィンランドの制度を参考に創設した、妊娠・出産・育児の切れ目のない相談・支援の仕組み。

亀井利克氏プロフィール

昭和27年2月13日生
昭和49年3月 中京大学 卒業
昭和49年4月~平成2年10月 名張市職員
平成3年4月~平成14年2月 三重県議会議員(3期)
平成14年4月~現在 名張市長(4期目)
■現在の主な役職
全国市長会 まち・ひと・しごと創生対策特別委員会 委員長
三重県国民健康保険団体連合会 理事長
三重県土地改良事業団体連合会 会長理事
三重県地域医療支援センター運営協議会副会長
東大和西三重観光連盟 会長
公益社団法人 国民健康保険中央会 監事ほか

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