首長インタビュー

熊野市長 / 河上敢二

自然、歴史文化、スポーツ。温暖な気候とあわせ、人の文化的、健康的な暮らしに欠かせない魅力と可能性をもつ熊野。それらの生かし方がこのまちの将来を決める。河上市長、就任3期目。気力いよいよ充実。「人口減少対策における市町村間の競争」とばかり、地方創生に邁進する。

スポーツに打ち込んだ学生時代

丸山 市町は地元、熊野市生まれですよね。どんな少年時代を過ごされたんですか?

市長 自然に囲まれて育ったので、子供の頃は川遊びや昆虫・植物採集に夢中でしたね。中学校時代はクラブ活動に明け暮れて、野球漬けの毎日。陸上競技にも挑戦し、800m走では紀南大会で優勝して県大会へに進みましたね。あの瀬古利彦選手とも走ったことがあるんですよ。

丸山 スポーツ少年だったんですね。

市長 はい。高校時代は伊勢市内に下宿していました。学校生活は受験勉強が中心でしたけど、軟式野球などスポーツにも励みましたし、友人に恵まれて有意義な3年間でした。大学は医学部保健学科に進んだんですけど、なぜか公務員を目指していました。

社会人としてキャリアを積む

丸山 農林水産省に入省されますね。

市長 幸いにも公務員試験を1回でパスしました。子どもの頃から自然の中を駆け回っていましたから、日常的に農業と触れあっていたんですね。それと、食べ物への関心が強かったことでしょうか。農林水産省を選んだのはそうした子どもの頃の体験が影響しています。

丸山 保健学科から農林水産省へのコースは珍しいですね

市長 当時、保健学科に公務員職はありませんでしたから、おそらく私だけだと思います。

丸山 農林水産省ではどのようなお仕事を?

市長 山村振興対策の仕事が最初でした。2年間、補助事業を担当しました。その次は牛乳乳製品課で、酪農家への支援が主な仕事です。乳業メーカーは比較的高価格で飲用向けの原料乳を買い取ってくれますが、乳製品については最終価格が高くならないように、加工用原料乳の買い取り価格が安く設定されます。しかし、安いと牛乳の再生産ができません。再生産が可能な額になるまで国が補助しようというわけです。加工原料乳生産者補給金と言いますが、その補助を担当しました。2年間従事した後、食糧消費対策室に配属となり、ここで日本型食生活の普及に務めました。保健学科(栄養学)の知識を生かすことができ、充実の日々でした。3年間在籍した後、経済企画庁へ出向となりました。ここでは流通問題研究会を担当、大規模小売店舗法や様々な流通規制について経済合理性などに照らして調査、検討を行い、あるべき姿を提案しました。続いては東海農政局でした。東海地方は農業の先進地でもあります。現場に近いところで農業の実態を勉強させていただきました。その後、外務省へ出向し、イタリア大使館に3年3ヶ月務めました。ローマにはFAO(国連食糧農業機関)、WFP(世界食糧計画)、IFAD(国際農業開発基金)があります。印象に残っているのは、援助のあり方が開発に向かう支援であるこは、援助のあり方が開発に向かう支援であることです。難民援助なども担当しました。ヨーロッパでの経験が今の熊野市のまちづくりに役立っています。

丸山 それは、どのような点にですか?

市長 スイスやドイツといったヨーロッパの国々では花が街にあふれていて、清潔ですよね。私が市長になって始めた「花いっぱい運動」もこれの影響です。また、「帰れソレントへ」というカンツォーネで有名なイタリアのソレント市と姉妹都市となりました。

丸山 イタリアの次はどちらへ?

市長 農林水産省に戻り、国際経済課で対米農産物貿易の窓口の補佐をやりました。アメリカとの交渉現場にも立ち会いました。JASの木材規格に関する交渉であるとか、リンゴの検疫に関する交渉だとか…。多国間協議とは違って、利害がはっきりしている二国間でのやりとりですから、熾烈さが十分に伝わってきました。その後は農業白書の担当です。このように色々な仕事を経験させていただきました。それらがすべて市政運営という今の仕事に生きています。

政治家への道のり

丸山 農業白書の仕事を終えた頃から、政治の方に傾いてこられたのでしょうか?

市長 40歳を過ぎた頃でしょうか。いずれは熊野へ帰りたいと思うようになりました。仲間うちで話をしたところ、当時の市長の耳に入ったのか、「すぐ帰ってこい」とおっしゃって。ご自身、今後出馬の意向がないことをお話しされ、私も思うところがあって決断しました。平成10年6月に42歳で退職し、その半年後に選挙を迎えました。

丸山 12月の選挙はいかがでしたか?また、何を公約に掲げられたのでしょう?

市長 市職員OBの方との1対1の戦いでした。当時の熊野市は過疎高齢化が深刻で、若者の流出を押さえることが課題でした。そのためには働く場が必要です。私は政治テーマとして、「輸出と集客による産業振興」を掲げました。「輸出」とは国内への販売拡大。そして「集客」は観光によるものです。これは今も変わっていません。

丸山 「観光」の点では、タイミングよく熊野古道が世界遺産に認定されましたね。

市長 一番大きなトピックスでした。世界遺産認定後暫くして高速道路が整備されることになり、観光客増を見越して世界遺産「花の窟(はなのいわや)」におもてなし施設「お綱茶屋」を整備したり、「鬼ヶ城センター」も建て直しました。また、湯ノ口温泉を建て直し、入鹿温泉ホテル瀞流荘も大規模改修しました。集客面においてはスポーツも鍵になります。市長就任当時、スポーツ集客は3千人ほどでしたが、平成28年現在で3万人を超える見込みです。このうち2万人弱がソフトボール、5千人弱が野球、残りはソフトテニス、ラグビー、柔道などです。観光集客は冬場になるとぐっと落ち込みますが、気候温暖な熊野はスポーツ、例えばソフトボールや野球の合宿地として適地と考えられます。そこで、冬場の集客を官民一体で進めました。実は野球場を現在増設中で、今後は飽和状態が続いている合宿の希望に応えていきたいと考えています。ただ、今日、大規模地震の発生が危惧されている関係上、用途をスポーツに限ることはできません。救援物資の受け入れや仮設住宅建設など万一の場合に備え、防災公園として機能させることを前提としています。

丸山 いつ頃、完成予定ですか?

市長 上首尾に行けば平成29年度中、野球場だけでも29年度完成させられないかと取り組んでいます。防災公園全体としてはまだまだ時間がかかります。12月から3月まで、スポーツ施設は満杯です。スポーツ集客の受入体制も構築され、イベント実施のノウハウも蓄積されてきました。冬季以外のスポーツにも広げようとSUP(スタンドアップパドル・ボード)競技大会を開催したところ、国際色豊かなものになりました。ほかにもトレイルランニング大会を開催しています。日本代表を決める選考レースとなり、ここ熊野が重要な大会会場に育ちつつあります。そして、今年からはじめたのがボルダリングです。紀和町に良い岩場があって、第1回にかかわらず全国規模の大会となりました。観光の閑散期となる冬場にスポーツ集客が増えることで施設の稼働率が高まります。宿泊施設についても、平成17年以降11の施設が新築または再開されました。

農業振興について

市長 一次産業は簡単ではありません。「熊野地鶏」や柑橘「新姫(にいひめ)」などは芽が出てきました。市はみかんを主力品目にしながらも、みかんの生産に不向きな山間部などを中心に野菜栽培の振興を進めています。その一つが「高菜(たかな)」づくりです。「めはり寿司」用で、<ピリ辛>が特徴です。高齢者の方々に作ってもらっていますが、手間がかかることから、作り手の確保に苦慮しています。農業支援策としては、45才未満で就業すれば年間150万円を5年間にわたって国の補助が受けられますが、暮らしを支えるにはそれだけでは不十分です。市では国の補助事業がはじまる前から就農支援金を
助事業がはじまる前から就農支援金を用意してきましたが、平成28年度からは国の補助金に50万円上乗せする支援策を整備しました。新たな就農件数はこれまでに5~6件。残念ながら、市外からの移住者ばかりです。地元の非農家の若い方がやっていただけると嬉しいのですが…。これも、農業が厳しいと受け取られている証拠ですね。

丸山 「まち・ひと・しごと創生」総合戦略の進展は?

市長 地方創生とは人口減少対策の市町村間の競争だと考えています。熊野市の場合、基本施策として5つ ①人口流出抑制対策 ②人口流入増加対策 ③人口増加対策 ④女性および元気な高齢者の活躍⑤外部人材、IJUターン者の積極的な受け入れを柱としています。このうち、③の人口増加対策としての子育て支援に力を入れています。基金5億円を創設し、28年度から5年間で充当していきます。主な使途内容は、①3才児以上の保育料(園料)の無料化 ②18才までの医療費無料化 ③100円給食の実施 ④高校生の通学支援 です。県内でも平均所得が低い当市にあっては、共働きせざるを得ないのが実情です。市としても、経済的な支援が避けられないと考えています。ただ、事業の成果を踏まえ継続すべきかを検討することは必要で、その際の判断材料にするため期限付きの事業としたわけです。

丸山 政策の基本路線は従来に変わらないということですね。

市長 人口流出抑制対策としての働く場の創出を目的とした取り組みなどは従来とは大きくは変わりません。ただ、移住者を受け入れることについては、力を入れはじめたところです。空き家の調査もすべて済ませました。

丸山 働く場の創出が依然として重要ということですが、具体的にどうするかが課題ですね。

市長 林業では地元材を使ってほしいし、地元の大工さんに建ててもらいたいと思います。補助金も30万円から50万円に引き上げましたし、昨年から、そうした40歳以下の方を対象に100万円の商品券を進呈することに決めました。また、漁業では衛生管理型魚市場を整備し、漁協に運営を依頼しています。現在、十分に活用されていない魚種を付加価値をつけて販売に結び付けていく加工施設を整備しています。形をそろえ、冷凍保存すれば、学校給食などで使えるのではないでしょうか。 

丸山 さて、熊野市の当面の目標は何でしょう?

市長 5年間で地方創生を進めています。子育て支援策の充実を図ったことによって、出生数の減少が少しでも鈍化することを願っています。また、若い人の働く場所が増え、人口減少のスピードが少しでもゆるやかになっていくことを願ってやみません。当面、この二点を実現できればと思います。

丸山 最後に、人生の目標をお聞かせください。

市長 はじめに、市長としての立場でお話させていただきますと、結果を出すことが重要と心得ています。観光、スポーツの両面で集客の成果が出てきています。産業振興全般では第三セクターによる運営で働く場の提供を行っていますが、まだまだ厳しい状況が続いています。いかに結果を出すかが問われそうです。一個人としては、時間があればスポーツをしたいし、見聞を広めるため海外への旅に出たいです。

丸山 熊野ににぎわいをもたらす数々の施策の成功をお祈りいたします。本日はご多忙のところ、誠にありがとうございました。  

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