グラフィックデザイナーを志すも挫折。しかし「モノ作り」の夢が諦められなかった彼女は「食品サンプル製作」という仕事に出会う。
デザイナーを志すも挫折
安藤は子供の頃からモノ作りが好きな女の子だった。ある日、ポンキッキーズで食品サンプルの工場を紹介していた。それを見た彼女は釘付けになった。こんな面白い仕事があるんだ!子供心にそう思った。彼女と食品サンプルの出会いだった。
高校を出た安藤は、グラフィックデザイナーになるためデザイン専門学校に入学した。
「2次元は合わなかったです。良かれと思ってやったことが先生やプロの人に評価されないんです。これで食べて行くのは遠いかなと思いました」。
グラフィックデザイナーを諦めた安藤は学校を辞め、地元のレコード屋でアルバイトをはじめた。
「でもやはり販売を一生の仕事にするのは違うかなぁと思いました。自分の中でモノを作りたいという気持ちが大きくなっていったんです」。
日本サンプル入社
そんなある日、たまたまネットで『株式会社日本サンプル』という食品サンプルを制作する会社を見つけた。子供の頃、興味を引かれた「食品サンプルを作る」という仕事が現実のものとして彼女の前に現れた。「ここで働いてみたい」と強く思った。社員募集はしていなかったが、ダメ元で問い合わせたところ、たまたま空きがあって就職することができた。
日本サンプルは本社が名古屋で、東京、大阪、岐阜に営業所があった。食品サンプル制作会社としては大手といえる。安藤に与えられた仕事は、デパ地下などで売っているギフト用のお菓子のサンプルを作ることだった。そこで安藤は、仕事としてのモノ作りを学んだ。具体的には、裏がない箱詰めのものは材料費を浮かすために裏を空洞にする。袋に入れるものは形だけあればいい。見えるところに力を入れるが、見えないところは省く。そういうテクニックだ。
「お金を頂くのは大変だと思いました。楽しいとか、アートだとか、そういう世界じゃないんです。ここを凝りたいなと思っても、採算が合わなければダメですし。今までは好きなものを遊びで作ってたんですけど、それとは違うモノ作りを勉強させてもらいました」。
同僚たちは皆、ユニークな人ばかりだったと安藤は言う。
「変わっているというか、中身のある人が多かったですね。社員なんだけど一人ひとりは職人で、それぞれやり方があって。そんな人たちだから、ひとりのままでは会社として成立しないんですけど(笑)、力を合わせなきゃいけない時は、みんな大人になってがんばってました。社長がうまくまとめていましたね」。
独立と苦難の日々
安藤は日本サンプルで9年勤めた後、独立した。29歳の時だった。
「10年ぐらい勤めると、社員として後輩を育成する管理職になるか、外注として会社から出るか、どちらかを選ばなければならないんです。でも管理職には向いていないし、モノが作れなくなるのも嫌だったし。それで、会社を出て自宅の桑名で日本サンプルの下請けの仕事をすることにしました。三重にはサンプル会社がひとつもなかったので、いいかなと思って」。
安藤はアパートの一室を借り住居兼工房にした。しかし安藤は受けられる仕事が限られていたため、日本サンプルの仕事だけで食べていくのは難しかった。その後、友人の支援を受け一軒家を借りて工房を今の場所に移した。以前より広くなり作業環境はずいぶん良くなった。しかし、相変わらず仕事はあったり無かったりという状態だった。
蟹のサンプル製作を大量受注
独立して2年ほど経ったある日、津市の水産会社から電話があった。直売店に並べる蟹のサンプルを作って欲しいという内容だった。大量の注文だった。
「お菓子しか作ったことがなくて、もちろん蟹なんて作ったことがないし、自信がなかったので最初はお断りしようと思ったんです。でも『どうしても』って言って下さったので、やってみることにしました。私を必要としてくれたんです」。
食品サンプルはまずシリコンで型を作り、そこに液体の塩化ビニールを流し込み、焼いて固めた後、型から取り出すという方法で作る。この仕事は本物の蟹で型を取ったのだが、蟹の足は細いため塩化ビニールの注入口も細くなってしまい、流し込むのが難しかった。焼いて固める時も、生焼けだったり焼き過ぎたりしてしまう。数が多いため段取りをうまくやらないと作業時間が大幅に伸びてしまう。試行錯誤の連続ではあったが、安藤はこの仕事を無事にこなした。
ミニチュアグッズの製作販売も手がける
その後、桑名商工会議所から顧客を紹介してもらったりして、自社営業で仕事を受注できるようなった。現在は自社営業した顧客からの仕事が大半を占めるようになっている。さらに最近ではストラップやマグネットなどのミニチュアの製作にもチャレンジ。桑名名産「安永餅」のミニチュアストラップは、桑名の老舗『柏屋』などで販売されている。一歩一歩ではあるが、仕事は拡がっている。
そんな彼女に将来の夢を聞いてみたところ「そんなことを考える余裕は全くないです」という答えが返ってきた。
「今入っている仕事をどう乗り切るかで精一杯です。この先、生き残っていければいいなとは思いますけど」。
三重県唯一の食品サンプル工房を主催する安藤恭子。その歩みは、ゆっくりだが着実に前に向っているようだ。
安藤食品サンプル製作所
〒511-0009 三重県桑名市桑名476-90
TEL. 0594-84-7355
ホームページ http://aff987.com/