社会福祉法人あいプロジェクトは、特定の母体を持たない、支援者と親の会の勉強会から誕生した珍しい福祉団体だ。そのユニークな活動を支えるのは、主催する今村博之の「信念」だった。
知的障がいを持つ子供と接して味わった挫折感
今村が福祉の道を志したのは大学生の時だった。ボランティアで触法少年、いわゆる非行少年と接する活動をしていた彼は、その活動にのめりこんだ。育った境遇は違っても、年齢が 近いこともあり、彼らの青年期特有の悩みや苦しみを理解することができた。触法少年との交流に手ごたえを感じていた今村は「卒業後は触法少年に関わる仕事をしたい」と漠然と考えていた。
そんな今村に転機が訪れたのは大学4年の時だった。社会福祉士の資格を取るための実習で行った知的障がい児施設で、彼はショックを受ける。
「それまでは、どこへ行っても自分はやれるっていう自負があったんです。でも知的障がいを持つ子どもたちに、見事にはね返されました。挨拶すらしてもらえず、毎日のように振り回されて、何も手応えが持てなかったんです」。
「これではアカン」と思った今村は、急きょ進路を変更。知的障がい者福祉の道に進むことを決意する(岐路に立つとあ えて困難な道を選ぶのは今村の特徴のようだ)。
自分が思う福祉施設を作りたい、という想い
彼は大学を卒業すると菰野の障がい者施設に就職した。その施設に就職し20 年。彼は徐々に「自分の思う福祉施設を作りたい」と思うようになっていた。
「組織に就職すると自分の関わる範囲が決まってきますよね。たくさんの人に自分の支援を使ってもらいたいと思っても、それはできません。もちろん今、目の前にいる人をきちっとケアするのは大切なことです。でも、自分の知らない人はどうなんだろう? そんなことを考えるようになったんです」 。
自分が思う福祉施設を作りたい。その想いが強くなってきた今村は、障がいを持つ子供の親たちとの勉強会から、平成18 年、NPO法人「あいプロジェクト」を立ち上げる。しかし「勉強会ではいつかは息切れしてしまう。具体的な事業を起こさないと」。そう思った今村は「あいプロジェクト」 のスタッフに支援をしてくれる仲間を加え、居宅介護事業「ほっと☆あい」をはじめた。スタッフが障がい者の自宅に訪問し入浴の介助や身の回りの支援をする、という事業だ。しかし当時、今村はまだ菰野の障がい者施設の職員だった。言ってみれば、会社にいながら同じ業種で独立の準備をしているようなものだ。しかし施設の理事長は「多くの人にメリットがあることなら構わない」と黙認してくれた。
居宅介護事業が忙しくなってくると、今村は二足のワラジを履くのが難しくなってき た。平成 21 年4月、今村は菰野の福祉施設を退職し「あいプ ロジェクト」に専念することにした。同年 10 月「あいプロ ジェクト」は社会福祉法人に移行。阿倉川の古い一軒家を 借り、知的・発達障がい者を対象とした作業所「サポートセンターあいぷろ」をスタートさせる。スタート時の利用者は2名だった。その後、利用者は順調に増え、現在では 13 名に。さらに平成25年4月には生桑町に新築移転する。キャパシティは 40 名。 今、使用している古い民家から、新築の建物へ移るのだ。
弱者を保護するのではなく、チャレンジさせる
今村は「対象者を守る、保護する」という福祉の基本的な考え方に反対の意見を持つ。「弱者を保護するという目線は対等ではない」 と彼は言う。
「我々は生きていく中で、様々な課題を与えられています。でも初めから『君は重度の障がいがあるから一日音楽を聴いていてもいいよ、服は誰かに着せてもらえばいいよ』では成長できないと思うんです。 機能的に着替えができない人は別ですよ。はじめから機会を与えられず『できない人』に してしまうのではなく、チャレンジする過程を大切にしたいんです」 。
しかし今村のこうした考えは、理解されないことも多いという。例えば、小学生に仕事をさせると、親が「あんな小さな子を働かせるなんて可哀そう」と言って、支援を受けてもらえないこともあるそうだ。
「障がい者に厳しい目線を持っている、と酷評されることが多いですね(笑)。でもはじめから障がい者を『保護する対象にする』という考えは逆差別だと思うんです。今の世の中を一緒に生きようと思っ たら、やはり苦労は必要です。我々も苦労してます。つらい思いもしてます。それを乗り越えて喜びがあるんです。そして皆が様々な関係性の中で生きています。特別な存在にすることなく、人に評価され たり、人と共感したり、人とともに同じ時間を生きていくことを、環境的に奪われていると感じます。保護されるだけではリアリティのない人生になってしまうと思うんです」。
一生涯の支援、の仕組みを作りたい
今後「あいプロジェクト」をどのようにしていきたいか?聞いてみた。
「ここは学校を卒業してからの働く作業所ですが、できれば小さいうちから様々な支援を提供させてもらい、学校卒 業後の生活まで線でつなげたい。そうやって『一生涯の支援』の仕組みを作りたいんです。それがうまくいったら、ひとつのモデルとして広げていきたいと思っています。あと、後継者を育てたいと思う気持ちも強いです。若い人で福祉を志す人が減ってますけど、こんなやりがいのある仕事はありません。だから、若い人たちに『自分もこんな仕事をしたい』と思ってもらえるようにしたい。それには収入面も含めて、私が若い人たちの目標にならないといけないと思っています」。
最後に、活動をやめたいと思ったことはないのですか?との問いに、今村はこう答えた。
「自分の決めたことなので、やめたいと思ったことは一度もありません。何度か休みた、いと思ったことはありますけど。もうずっと年中無休でやってますから(笑)」。
社会福祉法人あいプロジェクト
四日市市生桑町字高田549-1
TEL:059-358-0064