冬の団らんに欠かせない鍋料理。親しい人が傍にいて、声をかけ合い、気持ちを分かつことのできる幸せ。このあたりまえの幸せがあたりまえでなくなり、目の前のあたりまえの幸せに感謝することが必要と反省を促される今日、「鍋を囲む」という言葉から連想されるのは“一体感”とか“連帯意識”といったコミュニティに関わる事柄だろう。集い、語り、食を共にし、絆を深め、これからを生きていく…。湯気の向こうに浮かぶ笑顔から幸せのカタチが見えてくる。
四日市はペタライトを使った土鍋の発祥の地
表面に現われたひび(貫入)や細かな菊紋、水玉紋(三島)をあしらった装飾性の高い土鍋を見れば、すぐにも合点が行く人は多いはず。それほどまでに知られ、今や冬の食器のスタンダードともいえるのが銀峯の土鍋である。
銀峯陶器は昭和7年、熊本捨松氏が萬古焼の産地・四日市に興し、創業82年を迎える今日まで萬古焼一筋。昭和30年頃、三重県の試験場と地元の陶器メーカーが土にペタライト(ジンバブエ産の葉長石)を混ぜることで陶器の耐熱性が上がることをつきとめ、この研究結果を取り入れながら初代・捨松氏が昭和35年に創ったのが「墨貫入」である。
同社はペタライトを多めに配合するなどしてさらに陶器の耐熱性を向上させることに成功。他社製品との差別化を図った。ペタライトを一般使用量よりも多く使用することで膨らむ原料コストを製造ラインを効率化することで吸収し、高品質で良心的な価格設定を実現した。捨松氏に続く二代目哲三氏が考案したのが「花三島(Ginpo 三島)」。
そして代表取締役を務める現当主三代目の哲弥が手がけるのが調理用鍋「BLISSIO」やIH対応型の土鍋である。いずれも現代の生活スタイルに合わせて開発されたデザイン性の高い商品で、ラインナップも充実し好評を得ている。同社の土鍋は土と石でつくる安全安心な製品であり、実に全国シェア4分の1の生産高を誇る。
ブランド力を伸ばす
「売れれば類似品はつきもの。意匠登録など不要。追い越される自分が悪い」。同社は創業当初から品質第一でやってきた。一定の高品質が維持されてこそ価格がつけられるという考えが根底にあった。一方、量販店の仕入れに対する考え方は異なる。流通する安価な類似製品へ走りがちで、クレームが出ると再び銀峯製品を扱うようになる。消費者が求めるのは結局のところ品質なのだ。「品質を落としてまで安くする必要はない」。ぶれることなく同社はこの姿勢を伝統的に守っている。
二代目まで、消費者を購入に向かわせたのは商品そのものの力(品質)であった。「銀峯」の名は要らなかった。ところが今は嗜好の多様化の時代。消費者の心を掴むにはアドバタイジングが戦略的に優位とされる。消費者の購買力を喚起するものは今やイメージへと変わった。今後は製品がまとう「銀峯」というブランド力も必要である。
では「銀峯」の名を広める方法とは何か。哲弥が直面している課題である。「国内的には百貨店や雑貨屋など納品実績のないところへ売り込む。海外については、商社だけにまかせるだけでなく積極的に出ていく必要を感じている。たとえば、海外での展示会への出展。自ら足を運び直接消費者の反応を確かめたい」。市場拡大に向かう哲弥の意気込みは強い。
世界に売り込むチャンス
折よく、平成25年12月、「和食」が「日本人の伝統的な食文化」としてユネスコ無形文化遺産に登録された。「和食」を盛りつける器として、また「和食」のある場を空間的にデザインする装置として、陶器は機能する。「和食」という言葉が英語表記されて世界に広がっている今、食に関わる日本のメーカーが世界へ打って出るとき、有利に働くはずだ。「海外での評価も高まっている。言葉がすでに存在している。陶器をPRしやすい環境になっている。ぜひ、このチャンスを活かしたい」。言葉に力が籠る。
「三重ブランド」認定、その先へ
三重県の特産品を集め首都圏にアピールするべく設けられた「三重テラス」(東京・日本橋)に同社製品「BLISSIO」が並ぶ。無水調理も楽しめるセラミックス製の鍋で、鍋蓋のカラーバリエーションが目を引く。ここは三重の自慢の物産を紹介する施設として素晴らしいものです。
また、「三重ブランド」という認定制度がある。三重の自然や伝統技術を活かした生産物を認定し、観光振興と地域経済の活性化につなげようというもので、大いに期待がかかる。同社は平成24年度の「三重ブランド」に認定された。これに際して哲弥が描くのが、食のパフォーマンスを含め総合的に(たとえば、茶やお菓子もいっしょに楽しめるような)器を紹介する空間を地元に作ることである。地元、四日市市陶栄町に「ばんこの里会館」がある。そこでのイベントには、ある程度リピーターも確保しています。
また、三重県にお越しの方々に対し三重県内に「三重テラス」のような三重の自然や伝統技術を活かした生産物を気楽に買い物を楽しんでいただく施設があれば、観光振興と地域の活性化につながるのではないか。
主役は人。人の幸せを盛るのが器
経理事務をはじめ、海外の展示会の準備など哲弥の右腕として活躍するのが、常務で妻の貴子さんである。ものづくりと売ることの両道は難しく、二人が協力しながら切り回している。販売一切を問屋まかせだったこれまでとは違い、問屋が売りやすいように考え、小売店が販売しやすいような状況や消費者ニーズを把握する必要もメーカー側に出てきた。業務は煩雑化し、複雑化して多忙をきわめる。市場調査を含め、ディレクション業務をもこなす敏腕家の貴子さんに向けて、哲弥は「消費者である主婦の目線での意見を頼りにしつつ、企業経営のあり方として理想的」とし、さらにこう続ける。「長男にこの事業を託したい。私には、継いでよかったと彼が思う状況を今のうちから創って行く義務がある。難なくこれまでやってこれたのも、古くはあっても祖父と父の考え方が間違っていなかったから。二人を尊敬している」。
創業82年。父から子へ受け継がれてゆく銀峯の歴史に思いを馳せながら、哲弥は「主役は人。人の幸せを盛るのが器の考えでやってきた」。「三重ブランド」認定の栄誉とともに受け取った地域経済活性化への役割を果たすべく、地域と協働することを忘れず、新しい陶のカタチを探る毎日である。
熊本哲弥氏プロフィール
1965年3月19日 四日市市に生まれる
学歴:四日市工業高校 卒業
愛知工業大学 卒業
1987年4月 銀峯陶器(株)入社
1988年10月 代表取締役 就任
銀峯陶器株式会社 社歴
創業者、熊本捨松が事業を開始。
創業の地を三ツ谷(現在の四日市市三ツ谷町)とし、木造の工場からスタート。
1932年 名称を萬古新興窯業所としメーカーとしてスタート。
1942年 有限会社萬古新興窯業所に名称変更。
1960年 銀峯陶器有限会社に名称変更。
1964年 銀峯陶器株式会社とし組織を改め、品質の向上と商品の安全供給のため、新システムの導入および研究開発に邁進、現在に至る。
2000年 品質システムが認められ、品質保証に関する国際規格「ISO9001」の認証取得(認証機関はUL DQS)